拡大
←クリック  
拡大
←クリック
 
拡大
←クリック  
拡大
←クリック
「桃花亭」TOPページへ戻る
桃のお菓子屋さん「桃花亭」の包装紙は、
小原工芸和紙作家の春日井範之先生に
お願いしました。

 桃花亭の包装紙をご覧頂いたことがございますでしょうか。 手前味噌になりますが、柔らかく色が重なり合った独特の雰囲気のある美しいものです。
  この包装紙の原画は、桃花亭のある小牧からほど近い小原村(現在は合併して豊田市)の和紙工芸作家である春日井 範之氏に描いて頂きました。


桃花亭と小原工芸和紙との出会い
 桃花亭をオープンして4〜5年たったころ、小原村にある「小原和紙工芸」を、弊社の社長が訪ねたのが、小原工芸和紙との最初の出会いでした。当時は小原和紙を制作する家は9件のほどで、真摯な制作活動を続けていらっしゃいました。
 社長は、中でも鉄線を描いた工芸和紙に魅かれました。 この作品の作家が春日井 範之先生でした。
 桃花亭は里山の実りをテーマにお菓子を作っています。昔、農家の家々の裏には、本格的な山が始まるまでの間に、家々で自家消費する果 物や実のなる木々が植えられ、手入れし収穫して、家族に親しまれていました。文字通 り、人々が暮らす「里の山」です。人々は木々や植物に感謝し、慈しみ、育んでいました。
 柿や栗や桃や夏みかん、里山の実りは子供たちのおやつでもありました。
 里山の実りのように、 身近で慈しんで育てられ収穫される安心できる素材を使って、子供たちにほんとうの美味しさを伝えたい。社長が里山にこだわったのは、それが理由でした。
 植物を主題に制作を続ける春日井先生の考えに共感し、社長は春日井先生の作品を求めました。
 後に、ペッシュアール(小牧本店)リニューアルを機に、春日井先生に包装紙の原画をお願いし、桃花亭のイメージ(里山のイメージ)にぴったりの作品を作っていただきました。

桃の実、桃の花
小牧篠岡をイメージして

 左の2点の作品は、小牧篠岡の桃を描いた春日井範之先生の作品です。
 左の小さな画像をクリックして、拡大の画面をご覧ください。重なり合った和紙の繊維が、空気の層や空間の奥行きを感じさせ、小牧篠岡の桃畑をみごとに描き出しています。春日井先生ならではの、柔らかく温かな画面 から、果実の実り、花や黒々とした幹の生命の美しさへの、心からの賛美が感じられます。 (ほんの一部の感想ですが。)

ぜひ、「桃の館」で実際にご覧ください。

小原伝統工芸紙について  
 小原村の紙漉は、明応5年(4796年-室町時代の末期)始まると言われています。明治の頃には、小原村を含めた三河の山間部で、地元の楮(こうぞ)を使用して「三河森下紙」という番傘用の紙や、障子の紙などを生産していました。
  昭和7年、愛知県出身の工芸家「藤井達吉」から三河森下紙厚物の注文があり、小原村と藤井達吉との親交が始まります。藤井達吉はバーナード・リーチ、高村光太郎ら多くの芸術家と交流し、郷里愛知に戻ってからも、瀬戸、常滑及、多治見方面 の古窯の調査をはじめ、伝統工芸の振興に力を入れました。
  昭和20年、激戦況が悪化したのを期に達吉は小原村に疎開し、小原村に芸術村を実現することを目指しました。
  昭和23年には村長や若者を中心とした「小原工芸会(現小原和紙工芸会の前身)」が発足します。「美術は産業の母体として、ここよりその土地の産業が生まれ、一家、一村、一国の幸福の源となるものである」達吉の元に集まった若者達は、敗戦後の貧しい農村の暮らしの中で、達吉の厳しい指導と想像を絶する苦労に耐え、今日の小原工芸和紙の基礎を築いたのです。

春日井範之和紙工房
春日井範之  画歴

1948年 愛知県小原村に生まれる
1970年 多摩美術大学日本画科卒(加山又造教室)
1971年 日本現代工芸展初入選 以降6回連続入選
1972年 光風会展 初入選
1973年 光風会展 光風奨励賞受賞
1974年 日展初入選 以降12回入選
1975年 光風会展 激励賞受賞 会友推挙
1977年 日本現代工芸展 現代工芸賞受賞
1978年 日本新工芸作家連盟会員
1984年 日展会友推挙
1989年 名古屋三越にて個展(16回)
1998年 東海テレビ墨への挑戦 準大賞受賞
2005年 「愛・地球博」 和紙ドーム共同製作
現在無所属

「桃花亭」TOPページへ戻る